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Night Flight (Japanese ver.)

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「今回もいろいろありがとう。もうすぐ冬もくるけど、あったかくして風邪ひかないようにね。」


着古したスウェットの袖で手を温めながら、母にそうLINEを返す。秋の終わり、羽田の搭乗ゲートは、ネックピローを首にかけ、大きなリュックサックを背負った人々でごった返していた。若い客室乗務員が、先ほどから声を仕切りに張り上げながら乗客を呼び出している。


以前は海外行きの便といえば日本人旅行者のほうが多い印象だったが、周囲を見渡すとイギリスへ帰国する観光客がほとんどのように見えた。LINEを覚えたばかりの頃、電報のような文章しか打てなかった母は、いまでは絶妙なスタンプを使いこなし、課金絵文字を自在に操る、LINEネイティブに見劣りしない達人である。


母は昔からいつも、こちらが電話を切るまで待つ人だった。だからLINEでもなるべく待たせず、会話の終わりに寂しさを残さないように、安心できるように、会話の最後まで返そうと、そんなあまりにも些細なことを、私は密かに気にしている。



私は長距離フライトで映画を観るのが少し苦手だ。というかそもそも、映画やドラマをひとりで観ること自体が得意ではない。なんだか人恋しくなってしまって、うまく入り込めないのである。ましてや空の上ではなおさら。

だから、好きなシリーズや気になる映画があるといつも犠牲者を必要とする。その代わり、長距離フライトで本を読んだり、文章を書いたり、創作に耽る時間が密かに好きだ。


好きな人たちに会いに行く、好きな場所に赴く電車の中、あるいは好きな人と過ごした帰り道のバスの中。ぽっと突然浮かぶ、切り離された、一人の時間。空の旅はその延長線上にある、少し長い贅沢な「ひとりぼっち」の時間である。



故郷、自分のかけらをそこかしこに散りばめ置いてきた場所、あるいはまだ見ぬ知らない街。

行き交う間、私たちはそんな場所から切り離されて、かといって、行き先の街にもまだ属していなくて。非連続で断絶した空間と時間のはざま、谷間にたゆたうように、ひとりでぷかぷか浮いている。

ましてや、飛行機だなんて、なんてひとりぼっちなんだろう。

けれどこの「ひとりぼっち」は、寂しさではなくて、やさしくて、ちょっと切なくて、そして静かに満ち足りた孤独だったりする。



サン=テグジュペリの『夜間飛行』にこんな一節があったのを思い出す。初めて読んだとき、なんて綺麗なんだろう、としばらく見つめていた一節。


“The towns flattened out beneath him, losing their shape. The lights were like stars, scattered across the earth. The world had become two-dimensional — a chart of trembling points.”
「町は平らになり、形を失っていった。 灯りは星のように地上に散らばり、 世界は二次元のものとなり、震える光の点の地図のようだった。」

自分が属していた場所や人たちから、自分が切り離されていく瞬間。


“He felt alone, yet linked to all men.” 
「彼は孤独だった。だが同時に、すべての人々とつながっていると感じた。」

空の旅もそうかもしれないけど、まるで人間の象徴みたい。

私たちはみんな、暗い宇宙を進む、地球というとんでもなく孤独な飛行船に乗る旅人なのである。孤独を空虚と見ることもできるかもしれないけど、意思を運んで、愛を抱いている限り、それは満ち足りた孤独で、愛に満ちた沈黙なんだってことをサン=テグジュペリは言いたかったんじゃないのかな。なんて思って。



ところで地球はおよそ時速1,670キロで自転しているという。それに比べて旅客機の速度は時速900キロとかで、つまり、同じようなスケールだけど、飛行機のほうがゆっくりと進む。日本からロンドンへ向かうフライトでは、西へ西へと進むから、空がゆっくり動いて見えるのだ。


機内の照明が落ち、青い眠りの静けさに沈んだころ。

ふと本から見上げた窓の外に、湖のように宇宙いっぱいに光に満ちた、美しい夕焼けが広がっていた。


海をゆっくり越えてゆき、山々を静かに越えてゆき、いくつもの小さな村の光を過ぎながら、太陽は少しずつ少しずつ、ゆっくりゆっくり、沈んでいく。雲のはるか上だから、地上で見るドラマチックな空ではなくて、宇宙みたいに透明な空。

どんなに真っ直ぐに追いかけても追いつけなくて、それでも橙色の衣の裾は、いっぱいに光を散らしながら、七色の名残を薄く残して、消えていった。

その光の雫を、すっかり本を読むのも忘れて、いつまでも窓の外に見つめていた。


すっかり太陽が去ってしまったあと、冬の気配を少し帯びたロンドンに到着した。


「日が落ちてしまった後の、靄のかかった夕暮れのように、静かにあなたが恋しい。」


多分そんな時間が、ちょっと愛おしいんだと思う。


ちょっと格好つけすぎかしら。

 
 
 

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